あずきと豆ペース
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カテゴリ:豆太郎(マメチン)( 8 )
忘れてた・・・
10月27日(日)
25日の金曜日の朝 充電していたスマホを抜いて画面を見たら
「本日の予定は1件です」って出て 何かあったかな? って見たら
「豆太郎さんのお誕生日です」と ...。
暫く画面見つめちゃった
くぅ マメチンの誕生日忘れてた・・・(>_<)
平成2年10月25日誕生
豆太郎 愛称マメチン CABIN OF SUNFLOWER MEADOW JP
愛しきマメチン
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お誕生日忘れちゃったけど 心はいつも一緒だよ
あちゃこと一緒にアルバムみたよ
元気に走ってるかな♪
平成8年8月11日
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by tumuji-azu | 2013-10-27 17:08 | 豆太郎(マメチン) | Comments(4)
ちょっと前のビデオ
9月17日(月)
そろそろお散歩ですか? ってペロッしてるあずき(⌒m⌒)
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私 3連休でした!
そして どこにもお出かけしなくて みごとなカウチポテト族でしたっ(=^m^)
あずきもつられて・・・落ちそうだ
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落ちたっ(=^m^)
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壊れていて もう見れないと思っていた8ミリビデオ 直ってたんだってぇ! 知らなかったよ(# ̄З ̄)
で パピー時代のあずきのお留守番撮ったのとか
たっくさんあるマメチンのビデオ 引っ張りだして見てたの(^^♪
いっぱいいっぱい覚えてるつもりでいたのに
忘れちゃってることもたくさんあった(T_T)
でも 抜け落ちていく記憶は 決して悪いことじゃないねっ うん!
1991年(平成3年)8月15日 マメチンと川遊び・・・21年前です
マメチンが泳いでたっ!!
川や 田舎の池で遊んだ思い出はあるけど マメチンがスイスイ泳いだ事 覚えてなかった(*_*;
いや~ この時の私 今より用心深くなかったのかもぅ(笑)
うん!来年の夏は あずきも川遊び行く??
ビデオから
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そして うさぎのラビさんと一緒のマメチン
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マメチンはラビさんと友好的だったけど ラビさんは自由を求める強気な子で
嫌なことがあると 後ろ足でトーン!ってキックしてたっけ(⌒m⌒)
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わざわざマメチンの前を通っておきながら 追いかけると トーン!なラビさん(笑)
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今も マメチン誘って 追いかけっこしてるかな?
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懐かしき 豆太郎とラビの写真でした
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by tumuji-azu | 2012-09-17 21:15 | 豆太郎(マメチン) | Comments(6)
5年が過ぎました
5年前の3月5日 雪がちらついていたね

天使のような豆太郎☆ 
家族になった日1990年 平成2年12月30日
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14年間一緒にいれて幸せだったよ
マメチン 今 何してるの・・・
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by tumuji-azu | 2010-03-05 21:29 | 豆太郎(マメチン) | Comments(28)
苦しかった日々
足を引きずったり、ケンケンして歩く事が目立つようになって気になっていた
1992年5/16
狂犬病の注射、フィラリアの血液検査、耳の中の検査
と、気になっていた足の診察。
結果は、
足の線が伸びていて脱臼状態であるので体重を減らして手術しなければいけない、との診断。
「手術」に驚いたけれど、それ以上に早く良くなる事を願っていたのでお願いした
5/25
体重が落ち、レントゲンを撮り診察の結果、明日に手術となった
靭帯を切る、との事
人間の場合、靭帯を切った後はギブスで1ヶ月程固定するのだそうだが
犬の場合、固定してしまうとびっこを引くだけでリハビリができないので、普通の生活をしながら完治の方向に持って行きましょう、との説明
ソファやベッドの昇り降りや喜んでのダッシュ、急停止、急回転などの注意を受けた
不安な一夜だった
5/26
手術そして入院。私達は帰宅
様子を電話で教えてもらうと、12時に手術が終わり、今は麻酔で寝ている、と
良かった・・
当時面会は直接できず隣の部屋からブラインド越しに様子を伺うだけだった
5/27~29
マメチンのいない生活、ピントがずれている。
居て当たり前のマメチンがいない
不安と心配の毎日。
いないのに「ただいま」と言って目で探してしまう
早く元気なマメチンに逢いたい!
5/30・31
まだ足の腫れがひかないので退院ははっきりしないと・・
なんで・・とは言えず
そしてブラインド越しの面会
エリザベスカラーを巻いて寂しそうにゲージの中で座っていた
ドアの方をジーっと見つめている、胸が締め付けられた・・
ごめんねマメチン・・
どうか早く良くなりますように
6/1~5
きれい好きなマメチン、トイレはどうしているのか?聞いたところ
ゲージの中でする事はなくベランダに出ると10秒位でするとの事
良かった・・
足は同じ手術をしたほかの子よりも腫れているので入院が長くなるかも知れないと
え~・・・しょうがないかと自分に言い聞かす
どうか早く良くなりますように
6/6
いきなり退院になった。
びっくりしたけどうれしかった。良かったぁ!!
家に戻り体を拭こうとしたら毛がもの凄く絡まっていた
2人がかりでブラッシングをしたら驚くほど毛が抜けた
耳も汚れていて毛が黄色になっていたし、赤い湿疹ができていた
お尻も汚れていておつりまでついていた
カラーをしているので口の周りもただれていてカサブタもあり痒そうだった
傷口は腫れていて、ジクジクしている箇所とカサブタになっている箇所があった
完全にびっこを引いている
少しでも触れると痛いらしかった
あまりにも痛々しかった・・これで本当に成功したのだろうか?
と不安になった。
どうか早く良くなりますように
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6/8
ご飯に興味を示さずほんの少し口にしただけで横になっている
足を触ってみると熱い!
しばらくしてから様子を見るとおなかと足が濡れていた
横になりながらおしっこをしたようだ
よほど具合が悪いに違いない
あ~・・心配だ
6/9
腫れていた箇所が少しひいて粒状になったが潰れて血と膿が出た
関節の所なのでなかなか乾かない
粉薬をかけても結局ぐちゅぐちゅしている
かさぶたの所は剥がしてもらい手羽先のよう
相変わらずびっこをひいている
6/10
関節のぐじゅぐじゅの所は乾かないのでガーゼを当てて包帯を巻いた
それだけではずれてしまうので、筒状の包帯を両足にして、背中を通して首にハンカチを巻いて、包帯とハンカチをリボンで結んだ
とても変な格好だけど治さないと
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                 大変だったね
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6/12
乾いている傷口をピンセットでえぐって中を調べた
うっそー!
血がたくさん出た・・辛かった
縫合した糸は溶ける糸なのにまだ残っていて拒絶反応状態の診断
バンドエイドの大きい判を貼ったが血と膿は止まらなかった
が、10時頃に患部が乾いて来ていて、触ってもピクッとしなかった
こんなんでいいの・・ドキドキしていた
6/15
乾いていたテープを剥がす
患部はぐちゅぐちゅで、結果局部麻酔を打ってまたしても中をえぐった
麻酔した意味があったのか痛みに強いマメチンも鳴き通しだった
見ている私が痛かったんだから、マメチンは相当だろう
で、瘻管が出来ている・・
結局、糸を溶かす薬を注入して血をふき取って傷口はそのまま
血や膿が出たら拭いてあげて下さい。と
ちょっと不信になる
糸を溶かす薬を入れるのはいいけど、骨や肉は平気なの?
傷口あけたままで、ばい菌入らないの?
家に戻ると不安でたまらなかった
血はしばらく止まらなかったし、マメチンはぐったり
もう、かわいそうだよ・・・
お願いです。助けて下さい。
どうか早く良くなりますように
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6/17
膿を拭いているとその部分が硬くなり左足と比べると厚みも違うので診察を
患部が炎症をおこしているの診断だけど
またしても傷口をえぐった診察
本当に大丈夫なのだろうか?
手術は成功だったのだろうか・・
不安と苛立ちの日々が続く
6/18~26
診察に行くと患部をえぐるは続いている
26日にはスプーンのような物で粘液性の白い液を注入したりすくったり
本当に痛そうで、抱えている私も涙がでた
麻酔をして1針縫ったが効いていなかったようですさまじい鳴き方だった
ごめんね・・マメチン
もうこんなに痛めないで助けて下さい
治して下さい。お願いです
6/27
傷口を消毒液で拭き、かさぶたを取って注射して来週くるようにと
昨日の件があるので診察台にあがるのを嫌がる
そりゃそうだよ
6/28~30
蒸れるのでカラーをはずすと傷口を舐めるので仕方なくまた装着
びっこはひいてるけど元気が出てきた
少しお散歩してみた
とってもうれしそうだった(私もうれしい)
7/1
診察はいつもの通り、そして注射
耐えて堪えて、私だったら勘弁して!と大声出してたかも
マメチンは偉いね・・頑張ってるね
7/2~5
膿出たり出なかったりで乾いた状態が保てるようにもなってきた
7/6
院長先生の診断
このままでいってくれれば大丈夫です
様子を見ましょう・・と
ほんとですか?良かったぁ!
あんなにぐじゅぐじゅしてたのに突然良くなって不思議・・・
でも、早く完治しますように

その後・・・
患部も完全に乾き、毛も生えてきた
食欲もあり、おもちゃで遊んだりして次第に良くなっていった
思い出したようにびっこをひく時があったが
段差のある物に注意を払い、日々の生活に戻った
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マメチンは本当に頑張りました。
当時と今ではこの手術に対して思いが違う
ただただ・・マメチンに苦痛を与えただけなのではないか・・との後悔の思いが強いのです。
男前で気持ちの大きいマメチンに心から賛辞をおくります
よく頑張ったね・・豆太郎・・・愛してるよ
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by tumuji-azu | 2008-06-29 14:51 | 豆太郎(マメチン) | Comments(6)
豆太郎の下痢と嘔吐
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           いじってみたかったの・・だってカワイイんだもん

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                ふぅはぁ~



顎の手術の後は下痢と嘔吐で苦しんだ。
そして、その後一生涯のお付き合いになってしまった。
その中でもこの期間の下痢は最悪だった。
どろどろだったり、血便だったり、
便の中に茹でたパスタのような物(カップヌードルの麺みたいな)が混じっていたり
粘液質のものが出たり、と固まった便はたまに指先程度出る位だった
【このパスタのような物が出てきた時、これは大事だと思ったが先生は特別何も言わなかったと記憶している・・後に鰯をさばいてその内臓を見たときに思った。
マメチンのおなかから出てきたのと同じだ・・
内臓の組織が剥がれて出る訳ないよね!?
でも同じ感じだった 思い込みかも知れないけど・・】
病院には電話をしたり、診察に行ったり頻繁だった。
午前は9時からで、午後の部は4時から7時なので
会社を遅刻、早退して見て頂いた
1時間半から2時間待合室で待っての診察だった
当時、診察室が5部屋。
診察に来ているワンちゃん、猫ちゃんetc ・・凄い混雑だった。
診察は注射と飲み薬
注射を2本する時もあって1本は抗生物質で
1本は下痢止めの筋肉注射
翌日も注射、また注射、そして注射。
食事は鶏肉のささみを湯がいたもの2本を冷ましてゆっくりあげた
人間でいうおかゆですとの説明だった。
ささみはおなかに優しい物ですぐに形のある便に結びつく、って事ではなかった
おなかは可哀相な位にぎゅるぎゅるといっていて本当に心配だった
こんなに注射したり、薬飲んだりして大丈夫なのかなあ・・と思ってはいたけれど
具合の悪いマメチンに早く良くなって欲しかったし、
素人の私は本当に先生を信頼していた。
何度もの注射に飲み薬、水薬に診察とマメチンにはストレスばかりだった
最悪の下痢がようやく収まった頃に足の手術の話しがあったのです。



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しばらくして、伊藤慎也著「401号室の犬  リサとぼくらのマンション・ライフ」
を読んだ。
おなかをこわした際に(状態にもよるけれど)様子をみてビオフェルミンを与えている
と書いてあった
「え~!?」と思ったが実践してみた、1錠の半分を。
即効性はないけれど効くような気がした
そして今でもBちゃんとして愛飲している(あずきも)
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by tumuji-azu | 2008-06-22 13:06 | 豆太郎(マメチン) | Comments(3)
手術その後
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その後下顎の腫れは徐々に治まっていったが
手術後の投薬のせいか一気にデブになってしまった
顎の状態は甲斐あってなのだが、よく吐いて下痢をした。
夜中に3回なんて事はざらにあった。
吐く時は必ず2度で苦しそうに体中で吐いていた。
熱の高くなる時もあり白血球が5,000位になった事もあった。


         バシャバシャ
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お散歩は大好きだった
お弁当を持ってお出かけしたら車の中で吐いてしまった。
具合が悪い様子でもなかったので予定変更で途中の中津川で遊ぶ。
川でも遊べて良かった



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実家に帰ると元気なマメチンになる
長野の空気があっているのかなぁ・・(狭い我が家に比べて広いし)
犬嫌いだと思っていた父がいつも可愛がってくれた。
マメチンも父が好きで後をついて歩いていた



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             弱いけど元気になりました!
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by tumuji-azu | 2008-06-03 22:18 | 豆太郎(マメチン) | Comments(0)
一度目の手術



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            この時に気づいていたら


12月30日に我が家の家族になり楽しい日々も束の間、年を越してすぐに耳を掻き出したり床にこすり付けたり頭を振ったりが頻繁になった。
床には黒っぽいカサブタのような物が落ちている時もあった。
急いで病院探しをして、徒歩10分にある◯谷動物病院で診てもらった
それが1月5日のこと
内耳炎で虫もいる(えっー!)・・早速掃除と治療。
その後毎日通いから週に2度のペースになった。
その頃は領収証を保管していなかったので正確ではないけれど、1回の診察で2,000円の支払いをしていたと思うの。
その甲斐あって耳は完治(良かった)
そして2月5日に2回目のワクチンを打ってから具合が悪くなった。
注射が原因ではないけれど。
口を閉じているのに舌の先がいつも出ていた。
下顎が大きくなっているような気がした。
ちょっとの事でも嫌がって変な鳴き方をした
ペットショップの◯さんや◯谷動物病院に電話で相談してみた。
注射がとても嫌な記憶として残っているからなどの答えがあったと思う 
診察に行っていないので確かの事は言えないだろうが・・
結果、これが病気の兆候だった。
日々一緒に過ごしていながら気づかなかった私達夫婦と、診察を誤った◯谷先生を許せない気分だった。



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                半年の命です覚悟して下さいと


色々な人とのお話の中でよく耳にした病院に行ってみた。
当時としては人間が行く医院より大きく3階建てで屋上もあったかな・・
設備の整った立派な◯動物病院。
診察の結果は絶望的だった。
「骨肉腫」であと「半年」と考えられる と・・言葉が出なかった。
まだ家にきて半年も経っていないのに・・信じられない
秀さんも私も泣いていた
2月の段階でちゃんと治療していたら などと悔やまれた
この段階で注射や飲み薬の治療と続けた




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            善光寺御開帳でお上人さまよりお数珠を頂戴する


5月に入り、不安もあったけれど長野の実家に連れて行った
驚いた事に元気になった
食欲もあるし、走っている(すごーい!)
私の父が善光の御開帳に行こうというのでマメチンも一緒に出かけた
元気に歩いた。
お上人さまからお数珠も頂戴した(これが効いたのかなぁ)


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            顎の手術 5針の傷跡


実家から戻ってしばらくして高熱も出て、粘液性の目やに、よだれ、下顎は腫れて口は閉じれない痛々しい状態になり手術をする事になった。

5月16日手術
ただただ祈った・・・

骨肉種と聞いたが、組織をとって検査をするとのことだった(東大病院と言っていた)
結果が出るまでの間も治療は続く(確か制がん剤も注射した)
その間も本当に痛々しかった
目は空ろ、食べられず、口が閉じないのでよだれが凄く、とにかく動けなかったよね
6月に入り結果が出て、「良性の骨種」と聞いた。
よくわからなかった。
・・・・・その後、徐々(ゆっくりと)に回復して治った。 と思う・・。
痛かった、苦しかった事に頑張ったマメチン 立派だよ。

だが、マメチンの病気は、その後に書籍等で取り上げている、ウェスティによくある病気(具合の悪かった時には目にしなかった)「頭蓋下顎骨症」ではなかったのか・・・と思っている。
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by tumuji-azu | 2008-05-31 00:13 | 豆太郎(マメチン) | Comments(0)
豆太郎によせて
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            1990年12月30日家族になったよ
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            スリッパ好きかも・・
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            2005年3月3日 天国に旅立つ2日前



    名前 豆太郎 
    CABIN OF SUNFLOWER MEADOW JP
    愛称 マメチン
    誕生 1990年10月25日
    死亡 2005年 3月 5日


マメチンが家族になった日から簡単な日記をつけ始めました。
覚書程度の時もあるけれど、弱かったマメチンの14年間の記録です。 
大きな手術を3回もしたんです。
あーしてあげれば良かった・・こうしてあげたかった・・と後悔ばかりですが
最後の時を、私とあずきとそして秀さんの腕の中で向かえ、見送れた事が今では救いとなっています。
少し、マメチンの事を書いていこうと思います。
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by tumuji-azu | 2008-05-29 22:39 | 豆太郎(マメチン) | Comments(0)